来 歴


目ざめよ ことば


深夜 声もとどかない遠くから
ひたひたと寄せてくるもの
両の耳が眠りこけているとき
別の通路をやってきて
私のことばを水浸しにするもの
さあ 溺れないうちに目をさますことだ
熱っぽい夢の中へ片足つっこんだまま
室内の輪郭をなぞってみることだ
次は塗り絵の要領で
床の木目
ニッケル色のドアのノブ
カーテンの花模様など
見えない目の中へ描きわけて行く
ことばの助けなしに
これ以上の何ができよう

暗やみの窓いっぱい
紅い薔薇の花をさかせたいのに
悪寒でゆがんだ階段が
一歩ずつ正体をあらわしてくる
苦い風邪薬を探しに行く
つかの間の漂流というわけさ
やがて日常性へのまっしぐらな浮上
それを拒否するたびに
階段を踏みなおす足もとは
奇妙なぐあいにもつれてばかりいる

考えることば この際
どんな役にも立たないから
点火しないことばの芯を
かきたてかきたてしながら
夢に至る螺旋の通路を
手さぐりでもどるしかないさ
夜の庭は暗い海に似ている
水浸しになった私のことばは
飢えた蝸牛に変形して
深海の底からはい上がるしかないさ
庭に湧き起こる緑の喚声
応答せよことば 目をさませことば

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